トマス・アクィナスは、ヴェネツィア共和国の政体は共和制とドージェによる君主制、そして貴族院による貴族政治と大評議会による民主政治の複合政体であると考えた[3]。また、ニッコロ・マキャヴェッリは、君主論でヴェネツィアを共和制国家に分類した[4]。
1454年に3人の調査官からなる情報機関が設立され、諜報、防諜、および国内監視のための情報網を充実させた。これは非合法な政体変革の企て等を阻止することが目的であった。調査官の一人は赤い外套を着用することからイル・ロッソ(赤い男)と呼ばれ、ドージェの顧問により任命された。もう一人はイ・ネグリ(黒い男)と呼ばれる黒い外套の人物であり、十人委員会に任命される。この情報機関は、徐々に十人委員会の影響下に置かれるようになった。[2]
1556年にprovveditori ai beni incultiが設立され、農業技術や、農業技術開発への個人投資が促進された。これは、16世紀の穀物価格上昇を受けてのことである。
[編集] 参考文献
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この記述には、パブリックドメインの百科事典『ブリタニカ百科事典第11版』本文を含む。
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[編集] 一次史料
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[編集] 関連項目
世界宗教(せかいしゅうきょう)は、世界的規模でその思想が浸透し、様々な地域・民族によって信仰されている宗教を指す。
[編集] 概要
そもそも宗教の始まりは、ひとつの思想なり教義が、1人1人の持つ信仰とは異なり、ある集団(民族・部族など)に共通して信仰される共通認識となった時点であり、これを民族宗教と呼ぶ。
その段階での宗教は他の民族には理解しきれない独自な思想や儀式を有している事が多いが、その中から他の民族にも理解しやすい普遍的な思想、現状からの救済、単純な規則(十戒・五行・五戒)、平等意識(神の下の平等・山川草木悉有仏性)などの特徴を持った宗教が現れ、やがて、他の民族にも伝播して行き、複数の民族によって信仰されるようになった。そのような宗教を世界宗教と呼ぶ。
なお、これらの宗教は、通常民族間を越えて移動する商人によって伝播したが、中には宗教者による宣教・伝道、あるいは宗教者に帰依した人々によって引き起こされた戦争によって伝播した事もある。
[編集] 世界宗教一覧
キリスト教
イスラム教
仏教
[編集] 過去の世界宗教
マニ教
[編集] イスラームにおける天国
イスラームにおける天国(???? jannah) は、信教を貫いた者だけが死後に永生を得る所とされる。キリスト教と異なり、イスラム教の聖典『クルアーン』ではイスラームにおける天国の様子が具体的に綴られている。
イスラームでは男性は天国で72人の処女(フーリー)とセックスを楽しむことができる。彼女たちは何回セックスを行っても処女膜が再生する[8]ため、永遠の処女とされる。また決して悪酔いすることのない酒や果物、肉などを好きなだけ楽しむことができるとされている。[9]
後述する『ジハード』に関しても、過激派組織が自爆テロの人員を募集する際にこのような天国の描写を用いている場合が少なくないとされ、問題となっている。[10]
しかし、これらの描写は比喩的なものに過ぎないという意見もある。また、処女とは間違いで、実際は白い果物という意味だという説もある。
[編集] 社会生活
ムスリムは、クルアーンのほかに、預言者ムハンマドの膨大な言行をまとめたハディース(伝承)に、クルアーンに次ぐ指針としての役割を与えている。その理由は、ムハンマドは神に選ばれた最高の預言者であるから、彼の言行のすべては当然に神の意志にかなっていると考えられるからである。また、ムスリムの実生活上の宗教や日常に関するさまざまな事柄を規定するために、クルアーンやハディースを集成してシャリーア(イスラーム法)がまとめられている。
これらは教典ではないが、教典を補ってムスリムの社会生活を律するものとされており、その範囲は個人の信条や日常生活のみならず、政治のあり方にまで及んでいる。信仰の共同体と政治的な国家が同一であったムハンマドの存命中の時代を理想として構築されたイスラーム社会の国家は政教一元論に立っているのであり、ヨーロッパのキリスト教社会の経験から導き出された「政教分離」という概念はそもそもイスラームに適合しないという意見が存在するのはこのためである。但し後述するようにその遵守の度合いは極めて大きな差があり、トルコのような国家も存在しているため一概に政教分離が不可能であると決め付けることは出来ない。イスラムの特異性を過度に強調したステレオタイプ、もしくはキリスト教優越主義や欧州中心主義ではないかという批判もある。
ムスリムは少なくとも建前の上ではクルアーンやシャリーアの定めるところにより、日常生活においてイスラームの教えにとって望ましいとされる行為を課され、イスラームの教えにのっとった規制を遵守することになっている。教義の根幹として掲げられる五行はその代表的なものであるが、これらは社会に公正を実現し、ムスリム同士が相互に扶助し、生活において品行を保ち、欲望を抑制して、イスラームの教えにのっとってあるべき社会の秩序を実現させようとするものである。